つちふるや電車で一人喋る人 星川 水兎
『この一句』
近ごろ昼間の電車でこんな光景を見かけることがある、との声が句会の席上でも出た。就職氷河期世代の決してビジネスパーソン風でない出立ちの男とか、耳慣れないやや甲高いアセアン語で早口に喋っている人とかである。
今でも多くの日本人は礼儀正しく車中などの公共の場では無駄なお喋りは控える。だから一人のお喋りはどう見ても異常だ。たぶんケータイで誰かと喋っているのだろうが、やはり不気味であり、イライらさせられる。誰もが不快だが敢えてかかわらず、じっと我慢している。
「つちふる」は春先にモンゴルや中国北部から大量の砂塵が日本列島を襲う現象だ。よなぐもり、黄沙などともいう。予期せぬ時に突然襲ってくるため、洗濯物がすっかり駄目になるなど、春先の厄介者である。洗ってすっきりしたマイカーが一夜にして泥だらけになって立腹した経験者も少なくない邪魔者である。
作者によるとこのエピソードに出会い、さてそれを一句に仕立てるに当たって季語の選択に逡巡したそうだ。あれこれ迷った末の季語が「つちふる」だったのだという。
言葉の選択など推敲の跡がしのばれるとても良い句だと思ったのだが、出来上がりがいささか地味だったせいもあって、句会では高得点とはならなかった。しかし、日常生活を不快にする理不尽な出来事のAとBをふたつ並べてそっと差し出し、しかも、その抑制の効いた語り口が私は好きだ。
(青 25.04.17.)
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