啓蟄や衝動買いの白シューズ 山口 斗詩子
『この一句』
啓蟄は春の暖かさに誘われて、冬眠していた虫たちが穴を出る頃をさす時候の季語である。「地虫穴を出ず」とか「蟻穴を出ず」といった別建ての季語もある。いよいよ本格的な春が到来するという気分の季語に、作者は白いシューズを取合せ、弾む心を上手に表現している。
「衝動買い」の措辞からは、寒い冬は家に閉じこもっていた作者の、「さあ春だ。出かけよう」という心境の変化が読み取れる。白シューズという下五からは、足取り軽く春の野に踏み出す人物像が浮かんでくる。
句会では「何でシューズなのか、靴でいいのでは」とか「白でなく赤でもよかった」など、ちょっとした論争になった。しかし作者はあえて白シューズを選んだのだと思う。テニスシューズやジョギングシューズのように、シューズには運動靴やスニーカーのイメージがある。また白は真新しさの象徴で、衝動買いした散歩用の真っ白なシューズを履いて、いざ外へという場面なのである。
作者は今年84歳になられる。コロナ禍もあり、近年は句会への出席や遠出を控えておられるようだ。しばらくお会いしていないと思っていたら、毎月発行している句会報に随想が掲載された。生まれ育った新宿区下落合にある「おとめ山公園」を訪ね、目白側のお屋敷町を散策した様子や、幼い頃の思い出が生き生きと綴られている。早春の一日、好天に恵まれ普段の散歩の倍の1万歩近く歩いたという。随想には書かれていないが、足元は白シューズだったに違いない。
(迷 25.04.13.)
この記事へのコメント