春暁やまず母が起き犬が起き   嵐田 双歩

春暁やまず母が起き犬が起き   嵐田 双歩

『この一句』

 春暁という字を見ると、春の明け方をイメージするが、水牛歳時記によれば暁(あかつき)は夜の範疇に入るもので、「夜明け前の最も暗いと言われる暁闇の時刻である」という。東の空に陽が昇り出すと曙(あけぼの)になり、朝の時間帯となる。暁と曙をきちんと区別していた平安人と違い、現代人はどちらも夜明け頃を指すと思っている人が大半であろう。
 掲句はその春暁に、まず母が起き出すと詠む。3月初めの東京の日の出は6時前後なので、夜明け前のまだ暗いうち、5時頃であろうか。春先は寒の戻りもあり、夜明け前はまだ冷え込んでいる。朝食の準備か弁当作りか、母親は家族のために暖かい寝床を抜け出し、寒い台所に立つのである。
 その気配に敏感に反応するのは飼い犬である。台所の物音を聞きつけ、寝そべったまま耳を立てて様子をうかがう。そんな春の一日の始まりが、テレビドラマの一場面を見るように描かれている。母の次に犬を持ってきたことで可笑しみが生まれ、にぎやかで笑いの絶えない大家族が想起される。「肝っ玉母さん」とか「寺内貫太郎一家」など、昭和の家庭ドラマを思い出した。
 春暁という季語の本来の意味と、夜明け前の台所の映像が無理なく結び付いている。エプロン姿の母親を思い浮かべたり、次に起きてくるのは朝練の息子かなと考えたり、家庭ドラマの続きに思いを巡らせた。
(迷 25.03.24.)

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