文学のこみち下りて春の潮 坂部 富士子
『この一句』
五七五の十七音に詩情豊かな言葉を配し、爽やかな風が抜けるような句である。「文学のこみち」と聞けば、文芸作品や詩歌を刻んだ石碑のある散歩道をイメージする。作者はそれらの碑を眺めながら、ゆっくりと坂道を下っている。下五に据えられた「春の潮」の印象が鮮やかで、辿り着いた海岸に寄せる潮騒が聞こえ、潮の匂いまで感じられそうだ。文学のこみちと絶妙に響き合う季語の選択といえる。
文学のこみちに類するものは日本各地に設けられている。青森市には太宰治や寺山修司の作品を刻んだ「文芸のこみち」があり、世田谷区下北沢には近辺に住んでいた横光利一や三好達治の碑を巡る「文学の小路」がある。日本人の石碑好きと、観光名所を作りたい地元の思惑が、数多くの「こみち」を生んでいるのであろう。
句会後に作者に聞いたところ、友人と尾道を訪ねた時の経験を詠んだという。尾道の「文学のこみち」は、林芙美子や志賀直哉らゆかりの作家25人の作品を、高台にある千光寺の山腹に散在する自然石に刻んだもの。尾道観光の目玉のひとつとして紹介されている。尾道と知って掲句を読み直すと、坂の街のたたずまいと、作者が瀬戸内海を目にした時の感動が彷彿とする。
作者は俳句を始めて半年足らずだが、入門書を読むなど勉強熱心で、句会への出席率も高い。この欄への登場回数も増えるだろうと期待している。
(迷 25.03.14.)
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酒呑堂