造船所失せし運河や鰡飛べり 須藤 光迷
『季のことば』
鰡(ぼら)という魚、とにかく群れたがる。神田川や目黒川などの潮が混じる河口近くに大群が押し寄せ、テレビのニュースにもなる。水面いっぱい渦を巻くように泳ぐ姿は目を見張るほどだ。おもに内海を棲みかとする大衆魚なから、水質汚染が激しかった時代には臭みがあって敬遠され気味。ただ、きれいな海で獲ったメスの卵巣は「からすみ」に加工され、酒飲みが珍重する。出世魚の代表としても有名で、六度名を変え最後の名「とど」は「とどのつまり」の語源となっている。鰡について知られることは大方これくらいだろうか。
「鰡飛ぶや――」と俳句に詠まれる。釣り船に乗るか、河口近くで水面を見つめていなければ、こういった場面はそうそう見られない。競艇レース中の選手が飛び跳ねる鰡の一撃を受けて失神したという珍しい話もあって、大型魚の飛び跳ね方はかなりのもののようだ。
掲句の出来た場面と鰡の飛び様はどうだろうか。まずは運河べりの造船所跡という舞台設定がいい。大型船の造船所ではなく、中小の漁船などを造っていた所と思う。造船業の衰退、漁業の不振を物語って物寂びた雰囲気を醸している。いまは破れ果てた外観と赤錆びた船台でも見えるのか。上五中七で過不足なく運河周辺の光景を表現している。そこに鰡が勢いよく飛び跳ねたのだ。「静」のなか鰡の一瞬の「動」を詠んだ、秋らしい句である。
(葉 24.11.27.)
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