荒庭にあかあかとあり鷹の爪   大澤 水牛

荒庭にあかあかとあり鷹の爪   大澤 水牛

『この一句』

 庭の畑に生った唐辛子の色づきを詠んだ叙景句である。この夏の猛暑でほとんどの作物が枯れて荒れた庭に、唐辛子だけが枯れず残り、実を赤く熟している。読めば景が立ち上がって来る分かりやすい句で、9月の日経俳句会の兼題「唐辛子」の句で最高点を得た。
 園芸サイトを見ると、唐辛子は高温に強く、病害虫も少ないので、育てやすい植物とある。6~8月に小さな花が咲き、青い実を付ける。熟すにつれ赤い色を増して行き、水分が抜けて真っ赤に枯れたものを鷹の爪と呼ぶ。
 掲句はその鷹の爪となった唐辛子を詠んでいるが、「荒庭」「あかあか」「あり」という、あ音の重なりが印象的で、赤さが増幅されている。さらに下五を、青いものもある唐辛子でなく鷹の爪としたことで、赤さをダメ押ししている。
 この句を読んだ時に、なぜか夕陽が赤々と唐辛子に照り付けている景を想像した。思うに、「あかあか」の字面から、奥の細道にある芭蕉の句「あかあかと日はつれなくも秋の風」が頭をよぎったのであろう。俳句に造詣が深く、古今の句に通じる作者のこと、芭蕉の句を下敷きに字面と音の「本歌取り」を仕掛けたのではなかろうか。あ音の重なりと併せて、作者の遊び心を感じた一句である。
(迷 24.10.11.)

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