廃農家ぐるり囲んで曼殊沙華   徳永 木葉

廃農家ぐるり囲んで曼殊沙華   徳永 木葉

『季のことば』

 曼殊沙華は彼岸花の別称。ヒガンバナ科の多年生植物で、秋のお彼岸の頃に川の土手や田の畦、墓地などで真っ赤な花を咲かせることから彼岸花の名がある。水牛歳時記によれば、曼殊沙華は法華経に由来する名前で、天上に咲く赤い花を意味する。寺の裏庭や墓地でよく見かけるのはその由来によるようだ。また球根に有毒成分があり、ネズミやモグラの害獣避けとして、水田の畦にもよく植えられた。紅い花が田の縁を彩る景観は、秋の農村の風物詩のひとつである。
 掲句は曼殊沙華が、廃業した農家を取り囲むように群生している様を詠んでいる。古びた藁葺屋根の農家と曼殊沙華の紅い色がマッチして、風景画家・向井潤吉の絵を思わせる景である。しかし曼殊沙華をめぐる歴史と農村の現実を句に重ねると、心象風景はかなり違ってくる。
 曼殊沙華は生命力が強く、球根を埋めておけば、日影や水気の多い場所でもどんどん増える。球根は澱粉を多く含むので、飢饉の時は水に何度もさらして毒を除き、救荒食物としたという。田の畦や農家の周りに植えられた曼殊沙華には、そんな悲しい歴史がある。
 さらに「廃農家」の措辞からは、荒れた田園がイメージされる。畦の手入れをする人もなく、曼殊沙華は広がり放題。家の裏に植えられた曼殊沙華が表にまで進出し、今や崩れかけた家をぐるりと取り囲んでいるのであろう。離農が相次ぎ、荒れ果てていく現代農村の光景と捉えると、咲き盛る曼殊沙華が、「死人花」「幽霊花」とも見えてこないだろうか。
(迷 24.09.22.)

この記事へのコメント