白桃やアダムもイヴも知らぬ味  玉田春陽子

白桃やアダムもイヴも知らぬ味  玉田春陽子

『この一句』

 夏から秋にかけ、さまざまな果物が出回り食卓を賑わせる。西瓜、桃、葡萄、メロンを主役にチェリー、スモモやザクロなどの脇役も顔を見せる。それぞれ一番好きなものを堪能していることだろう。熱暑で弱った胃腸の負担にならず、また水分の補給にもなるから、この夏はことに果物が重宝される。あまり食べ過ぎないことが肝要なのは大方承知。最近は栽培農家が糖度の高さを競うようにしているので、過度の糖分摂取は糖尿病になる心配がありそうだ。
 作者はいま白桃に舌鼓を打っている。桃どころ山梨では、桃は皮を剝かずそのままかぶりつくそうだが、その経験のない筆者にはその妙味は想像できない。瑞々しく柔らかい果肉は歯にやさしく、甘い汁が喉の奥に吸い込まれる。「ああ美味い」と声にならぬ声が聞こえて来そうだ。作者が思わず思い浮かべたのは、アダムとイヴの物語。蛇に唆され禁断の林檎の実を食べてしまって、エデンの園を追われたあの話。枝もたわわに実る林檎の未知の味に、心のブレーキがかからなかった。寓意は人間の性を表して不変の真理を語っている。
 禁断の謂われもなく心のままに食べられる白桃。「この美味さはアダムもイヴも知らんめい!」と悦に入っている作者の顔が見える。機知にとんだ句だと高点を得た。
(葉 24.08.27.)

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