大店の大きな暖簾半夏生 嵐田 双歩
『この一句』
「暖簾」は不思議な言葉である。多くの暖簾は、白や紺の地に、屋号、家紋、商品名などを染め抜き、道ゆく人々に店の存在を知らしめるとともに、塵除け、日除け、風除け、人目除けなど実用的な用途に使われているものである。一方で、「暖簾をあげる」「暖簾をたたむ」「暖簾をまもる」「暖簾にかけて」など、「暖簾」は商売すなわちビジネスの本質に関わるシンボリックな言葉として使われている。
会社員時代、事業の買収や売却に関わった際に、その会社の時価純資産額と買収額の差を「のれん代」と呼ぶことを知って驚いた。さしづめ「ブランド代」というところだろうか。誰がネーミングしたのか知らないが、うまく言うものだと感心した覚えがある。
この句を読んで、三越や虎屋あるいは京都の一保堂などの暖簾を想起した。いずれも、シンプルかつ粋なデザインに、力強さと朴訥さを兼ね備えた文字が描かれている。当然ながら、店先の大きな暖簾は風に揺れていて、夏の季語である「半夏生」と取り合わされることで、読み手に涼味を感じさせる句となっている。「大」の字を重ねて使った、「大店の大きな暖簾」という表現も、切れ味が良くとても効果的である。「半夏生」という梅雨時の季語ではなく、もっと夏の盛りの季語と取り合せた方が良かったのではないかという意見もあったが、創業何年を誇る大店の暖簾にはこの古風な季語が相応しいように思えた。
(可 24.08.01.)
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