富士山に縦じま見えて夏来たる  野田 冷峰

富士山に縦じま見えて夏来たる  野田 冷峰

『季のことば』

 「夏来る」は「立夏」の傍題で、5月初めの季語。今年は5月5日だった。「毒消し飲むやわが詩多産の夏来る(中村草田男)」、「おそるべき君等の乳房夏来る(西東三鬼)」、「プラタナス夜もみどりなる夏は来ぬ(石田波郷)」などなど、「夏来る」の名句は多い。「立春」と聞くと何となくホッとした気分になるが、「立夏」には海に山にと思いを馳せ、わくわく感が湧く。
 作者は、俳号に「峰」の字を遣っていることでも分かるように、いわゆる〝山屋さん〟。最近は体調を崩されたこともあり、登攀からは遠ざかっていると聞くが、先年、上梓された句集『曙光のガレ場』には「露分けて南ア全山踏破せり」、「十津川のガレ場に誘う夏嶺かな」などの山を詠んだ句はもちろん、「子を連れて詫びたあの日の月夜かな」、「山茶花や妻在りし日も逝きし日も」などの人生の一コマを詠んだ佳句が満載だ。
 掲句一読、爽やかでいかにも「夏来る」に相応しく、高点を得た。「さすが山を知り尽くしている冷峰さん、〝霊峰富士〟をよく観察している」と感じた。ただ、何度も読んでいる内に季語が気になってきた。富士山頂の雪が解け、残雪がまだらになって縦縞をなすのを見て、「ああ、いよいよ夏が来たなあ」との感慨は、心情的にはとてもよく分かるし、その通りだと思う。しかし、富士山に縦縞が見えるのはもう少し遅い時期なので、5月初めはまだ冠雪しているのではと感じ、句会ではそう指摘した。例えば、「夏旺ん」ではどうかとも付け加えた。もっとも、「夏旺ん」の時季には縦縞も消えていそうだ。あれこれ考えたがピッタリの季語は浮かばなかった。つくづく季語の選択は難しい。
(双 24.07.21.)

この記事へのコメント