長考の閉じては開く扇かな 廣田 可升
『この一句』
一読して将棋の対局をよく見ている人の句であろうと思った。棋戦の対局は、昔は関係者以外は見ることが出来ず、新聞や雑誌の観戦記で様子を知るだけだった。ところが近年はテレビの専門チャンネルやインターネット動画で中継され、駒の動きはもとより棋士の動きをリアルタイムで観戦できる。
藤井八冠の登場で将棋人気はとみに高まり、各棋戦の中継は視聴率を稼いでいる。女性ファンも増え、藤井八冠がおやつにどんなスイーツを食べ、何を飲んだかまで注目を集める。中継動画を見ていると、棋士が長考に沈んだ時のしぐさや表情が面白い。腕組みをして盤面を見つめる人、天井を仰ぐ人、しきりにお茶を飲む人など様々である。
そんな長考の場では、棋士の持つ白扇の動きも目につく。顔を扇いだり、握りしめたり、掲句のように閉じたり開いたり。盤面の読みに没入している時の無意識の動きであるが故に、棋士の心理が扇に表れているように感じられる。掲句の「閉じては開く」の言い回しは、思考回路を行きつ戻りつしながら、数百手に及ぶ駒の変化を読み比べている脳内を表してるのではなかろうか。
囲碁の棋士も白扇を持つが、羽織袴で正座して対局に臨む将棋の棋士にこそふさわしいように思う。句には将棋という言葉も人物像も出てこないが、長考と扇という二つの要素を組合せることで、対局の様子を鮮やかに描き出している。
(迷 24.05.31.)
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