焼け跡をうっすら隠す春の雪 中村 迷哲
『この一句』
この句を採った人は、口々に焼け落ちた輪島の「朝市通り」を思い浮かべたという。例えば、光迷さんは「輪島の句だと思いました。『春の雪』には多少温かみもありますが、やがて溶けて、再建をどうするのかという問題が露呈してきます」と後の復興をも見据えた句と読んだ。確かに、元日に起きた能登半島地震で、輪島の観光名所「朝市通り」一帯がすっかり焼失した惨状をテレビで見て、胸が痛んだ。
輪島に限らず、今年はいつになく火事のニュースをよく聞く。同じ日にあちこちで発生し、住人が亡くなるケースも多い。ここ数年の統計によると、一日に百件近い火事が発生しているという。「火事」は、暖房などで火を使う機会が多く、空気が乾燥し風が強い日が多い、などの理由から冬の季語とされる。
黒々とした焼け跡を春の淡雪が、純白の景色へ変えてくれる。しかし、春の雪はとけやすく儚い。辺り一面何もかも美しかった雪景色も、徐々に元の姿に戻り、現実に引き戻される。
掲句は、「地震」や「能登」ましてや「輪島」という言葉を使わずに、惨禍をそっと包み込む春の雪を詠っている。逆に固有名詞を使わなかったことで、全国各地で発生した火災をも想起させる普遍性のある一句となった。
(双 24.04.03.)
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