春人事別れ惜しむもあっかんべ 向井 愉里
『この一句』
新年度に向けて企業も役所も春の人事異動。「すまじきは宮仕え」とは室町の幸若舞曲由来の〝ぼやき〟だそうだが、サラリーを貰う身にとって宮仕えはどうにも避けられない。付随する人事は本人待望の昇進なのか、まったく意に染まない異動なのか実に悲喜こもごもである。
職場に残って送り出す側の人情も複雑だ。昇進付きの異動なら素直にお祝いするばかりだが、逆のケースにはなんとも態度に窮することになる。加えて、送られる人物が上司とすれば、部下に慕われていたのか、面倒くさい人物だったのかが問われる。筆者も勤めから退隠して十年あまり。現役時代はどうだったのかと振り返ると背筋が薄ら寒くなる。
景は送別会か新幹線ホーム。昔の新幹線ホームの見送りは派手だった。万歳三唱やら胴上げやら、一般乗客の迷惑を顧みない企業戦士の姿が見られたものだ。さすがにもうその風景はなくなったので、これは送別会か異動挨拶の現場だろう。「別れ惜しむ」と「あっかんべ」の悪態がまったく裏腹だ。うまく折り合いがつかないような気もするが、現役社員である作者は本音と建前使い分けの句と説明した。「やれやれ、やっとあの上司と離れられる」なんて、この先戻って来るかもしれない上役の前で毛ほども素振りに出せない。なるほど宮仕えは辛い。
(葉 24.04.01.)
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