理髪師の刻むリズムや年の暮 溝口 戸無広
『この一句』
新春を迎える用意の一つが散髪である。この句に詠まれているのは、流行りの低価格でお手軽なカットハウスではなく、昔ながらの、シェービングも洗髪もしてくれるきちんとした床屋だろう。ベテランの理髪師の鋏の規則正しいリズムが聞こえ、男性客が「今年もいろんなことがあったなあ」と、まもなく終わろうとしている一年を振り返っている、そうこうするうちにいつしか眠りに落ちてしまう。
この句の「理髪師」という言葉はどうだろう、という疑問の声があがった。理髪師と聞いてすぐに思い出すのは、ロッシーニの歌劇「セビリアの理髪師」であるが、確かに日常的にあまり使う言葉ではない。理容師の方が良さそうにも思えるが、これだってあまり使わない言葉である。日常的に使うのは床屋、散髪屋であるが、「屋」がついているので、施術する人ではなくお店を指すことも多く、この句には相応しくないかもしれない。若い人たちは、床屋ではなく美容室に行って散髪しているので、美容師だって候補になるかもしれない。
あれこれ考えてみると、やはり「理髪師」という言葉をここに据えたのは、とても良かった気がする。理髪師だから、客が男性であり、比較的高級な店で、ベテランに刈ってもらっているイメージが、ストレートに思い浮かぶ。年の暮に、こんなゆったりとした時間が持てるのはいいなと思わせる、とても心地の良い一句である。
(可 23.12.30.)
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