秋袷鏡の中に九十九髪 高井 百子
『季のことば』
袷(あわせ)とは裏地の付いた着物のこと。夏の単衣(ひとえ)から、秋冷の頃に秋袷に衣替えする。さらに寒さが厳しくなると綿入れに替わる。角川俳句大歳時記によれば「秋袷は落ち着いた配色、秋きらしい模様が好まれる」とされ、春に着る明るめの春袷とは対照的である。
着物を着る人をあまり見かけなくなった現代では、やや古めかしい季語だが、秋らしい趣がある。掲句は秋袷を着た女性を鏡の前に立たせ、そこに映った着物ではなく九十九髪という意外なものを描写する。九十九髪(つくもがみ)とは老女の白髪のこと。辞書を見ると、語源は白髪が水草の「つくも」に似ているとするほか、百から一画取り去れば白になり、一を引けば九十九になるところから老女の白髪を表すとの説が載っている。
秋袷という古風な季語に、九十九髪という風雅な言葉を取合せ、深まる秋の気配を上品に表現している。秋袷と九十九髪を結ぶ「鏡の中に」という中七が上手い。秋らしく装った自身の姿を鏡で確かめようという女心。そこに白髪頭を見出した驚き。一編のドラマを見るようである。
しかも白髪を嘆いている感じはなく、読後感は爽やかである。季節の変化に合わせてマメに衣替えする元気な老女が、鏡の前で「ちょっと白髪が増えたかしら」などと話している姿が浮かんでくる。作者の解説によれば、幼い頃に見た鏡に向かう母親の姿を思い出して詠んだという。古希を越えてなお活動的な作者のパワーの源は、母親譲りであったかと納得した。
(迷 23.11.22.)
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