芭蕉忌やその道行くもやぶの中  久保 道子

芭蕉忌やその道行くもやぶの中  久保 道子

『この一句』

 松尾芭蕉は元禄7年10月、大阪蕉門の内紛を収めに下阪中、心労も重なって発熱、下痢を伴う病に倒れ、12日に死去した。数え年で51歳だった。新暦で言うと1694年11月28日。俳句(当時の呼び方では俳諧)を文学の一ジャンルに押し上げ、後世、「俳聖」とまで崇められるようになった人物である。実際、芭蕉と明治時代の正岡子規が居なかったら、俳句は今日あるような姿にはならず、老人や子供の遊びのようなものになっていただろう。
 というわけで、芭蕉の忌日を「芭蕉忌」と称し初冬の季語として俳句を嗜む人間は一度は詠むべきものとされている。しかし、新暦の10月12日はまだ秋たけなわであり、傍題の「時雨忌」の雰囲気など到底感じられない。さりとて暦学に忠実に新暦換算の11月28日はなんとなく身に添わない感じがする。ということから月遅れの11月12日を「芭蕉忌」として一句捧げる句会が多い。我々も11月11日に句会が設定され、それも深川の芭蕉記念館で行われることになったので、皆で「芭蕉忌」を詠むことにした。これはその席上、注目を集めた句である。
 「その道行くもやぶのなか」というのが面白い。何の因果か、俳句に取り憑かれてしまった。それはいいのだが、行けば行くほど五里霧中「八幡の藪知らずですよ」と言っている。作者も「BS放送の番組で芭蕉が『軽み』を追求したことを知りましたが、私にはまったく理解できない、まさに『やぶのなか』の話で、自分の思うように作るしかないと思いました」と述べている。
(水 23.11.20.)

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