天高し龍勢の火矢峰を越え 徳永 木葉
『この一句』
「龍勢」とは埼玉県秩父地方に400年伝わる「龍勢まつり」で打ち上げられる手づくりロケットのこと。松の木をくり抜いて火薬と仕掛けを詰め、山の中腹から打ち上げる。秩父の秋の風物詩で、今年も10月8日に行われた。多くの観光客が刈り入れの終わった田圃にビニールを敷いて見物する。テレビでよく放映されるが、日経俳句会で7年ほど前に吟行で訪ねたことがあり、秋空のもと酒を飲みながら打ち上げを楽しんだ。
掲句はその龍勢の飛翔ぶりを、分かりやすく勢いよく詠む。龍勢を知らない読者を考えて「火矢」の言葉を添え、ロケットのイメージを掴みやすくしている。龍勢は成功すると白煙を引きながら高さ300メートルに達し、唐傘や花火、パラシュートなどの仕掛けを披露しながら落下する。観客席から仰ぎ見ると、あたかも秩父の峰々を越えたかのように思える。
天高しの季語も龍勢とぴったり合っている。龍勢の起源は、戦国時代に広まった狼煙(のろし)が改良されて、農村の神事・祭礼に使用されるようになったとされる。農民ロケットとも言われるように、秋の実りを神に感謝する目的で江戸時代から続いてきた。保存会には27の流派があり、それぞれ趣向をこらした龍勢を製作する。澄み切った秩父の空に、勢いよく上昇する龍勢を見ていると、心が晴れ晴れとしてくる。まさに天高し、秋高しである。
(迷 23.10.27.)
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