親の家売りに出す夜や桃二つ 中嶋 阿猿
『この一句』
意外な取合せが、不思議な魅力を醸し出す句である。両親が亡くなり、無住となった実家をやむなく売りに出すという、現代的な光景が描かれる。そこに取り合わされた桃二つ。どう読み解くか、句会ではいくつかの推理が披露された。相続したものの管理に困り、売却を決めた息子夫婦が食べているとの説、売りに出される実家の仏壇に供えられた桃という説、さらには何らかの事情で家を売る決心をした老夫婦が食べている桃と見た人もいた。
いろんなドラマが想像されるが、この句の魅力の源泉は夜と桃の組合せにあるように思う。西東三鬼に「中年や遠くみのれる夜の桃」という有名な句がある。女性の暗示とされる夜の桃に何とも妖しげな魅力が感じられる。選句表には「桃を剥く悪魔がにやりとする夜更け」(杉山三薬)という句もあった。暗い夜は妖しいもの邪悪なものが潜む。作者は桃を取合せることで、それらに対峙させているように感じる。
古来、桃は中国や日本で邪気を払う霊力があるとされてきた。孫悟空は天界で不老不死の桃を食べて追放された。日本神話でも、黄泉の国から逃げ帰るイザナギが桃を投げて鬼を追い払う。幼い時から桃太郎伝説を聞いて育った日本人にとって、桃の不思議なパワーは意識下に刷り込まれているのではなかろうか。
受け継いだ家には両親の思いや家族の思い出が染みついている。その家を売ることを決めた夜、さまざまな思いが交錯したに違いない。置かれた桃の色と香りが、その心情を和らげる。桃のパワーがこの句に不思議な魅力を与えている、というのが評者の強引な解釈である。
(迷 23.08.24.)
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