紫陽花に傘の行き交う寺の道 篠田 朗
『季のことば』
アジサイはなんといっても梅雨の花である。今にも降ってきそうなどんよりとした梅雨曇の下で、自らを支えかねるようにぼってりとふくらむ花房。しとしと降り続く中、青紫色を際立たせている一叢。梅雨の晴れ間のかっと照りつける陽を受けて、いささか暑苦しそうに、半ば自棄気味に開く赤い花びら。「七変化」とはよく言ったものだと感心する。
幕末維新の頃、日本にやってきた欧米人はアジサイに驚喜賛嘆した。長崎出島のオランダ商館の医官として赴任したドイツ人医学者・博物学者フィリップ・フランツ・フォン・シーボルトもその一人。紫色のアジサイを「ハイドランゲア・オタクサ」と、愛する日本人妻お滝さんの名前をつけて『日本植物誌』にのせて世界に広めた。以後、オタクサなるアジサイは欧米を席巻する。梅雨のない欧米では、爽やかな初夏に、爽やかな青紫のアジサイは殊の外目立ち、今や数百種類の新品種が生まれて、そのいくつかは西洋紫陽花として日本に逆輸入されている、
もちろん本家日本でも紫陽花人気は上々。鎌倉をはじめ各所の神社仏閣は紫陽花を売り物にして、客足滞りがちな梅雨期の参拝客呼び寄せのメダマにしている。紫陽花の参道を行き交う人達は皆々ゆっくりと、傘を斜めに傾げながら互いの歩みを譲り合う。花の優雅を身にまといつつ。
(水 23.07.06.)
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