炭坑節聞こえ来る夜の黄金虫 鈴木 雀九
『この一句』
なんとも言えない懐かしさを覚える句である。兼題の季語は「黄金虫」。句を作ろうとして、そういえば最近はあまり黄金虫を見ないなと気づく。部屋の空調が行き届き、窓を開け放つことが少なくなったせいだろう。
どこかで宴会があったのだろうか、それとも季節的には少し早いが盆踊りを詠んだ句かもしれない。炭坑節は数ある民謡の中でも、もっともポピュラーな民謡である。「月が出た出た、月が出た、ヨイヨイ」の出だしから「サノヨイヨイ」まで、子供から大人まで誰もが唱和出来る歌である。
この句の魅力は「聞こえ来る夜」にあるように思う。宴会の場であれ、盆踊りであれ、作者はその渦中にはいなくて、遠くから聞こえて来る炭坑節を聞いているのである。年季の入ったさびの効いた声が、夜風にさらわれ時々掠れて聞こえるのかもしれない。
また、この「聞こえ来る夜」は、今夜でも、昨夜でもなく、遠い「あの夜」ではないかと思う。最近あまり見かけなくなった「黄金虫」と「炭坑節」の取合せが、そうに違いないと思わせるのである。距離と時間の隔たりが郷愁につながる、せつなくて味わい深い句である。
(可 23.06.26.)
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