子も孫も去って新茶の夜静か   廣田 可升

子も孫も去って新茶の夜静か   廣田 可升

『合評会から』(酔吟会)

水馬 五月の新茶の時期にちょうど合ったタイムリーな句ですね。子供や孫が来るとうるさいのだけれど、帰ってしまうと寂しいという気分がよくわかります。
青水 「子も孫も去って」という詩情のない言い回しに、「新茶の夜静か」の詩情が組み合わされていて、結果として「子も孫も去って」の安直さに現実感が表れているように思いました。
愉里 子供たちがいなくなって、急にしんみりしたところで新茶を飲む。このしんみりした感じに、ほかの新茶の句とは異なる意外性があるように思いました。
水牛 「あんなにうるさくちゃ新茶どころじゃないわねえ。しかしまあ、寂しくなったものだ」などと老夫婦が会話している光景が目に浮かびます。
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 飛び回っていた孫たちが帰ってしまうと、家の中は火が消えたように急に寂しくなる。老い二人が新茶を楽しむにはいいけれど…。核家族化が進展した少子高齢化時代の縮図そのものの一句である。それにしても「子供の声が煩い」というクレームで公園を閉鎖した自治体があるとか。なんという心の狭さなのだろうか。悲しい限りである。
(光 23.05.31.)

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