鯉幟あにおとうとの半世紀 堤 てる夫
『この一句』
句を読んだ時に、童謡の「こいのぼり」ではなく、“はしらのきずは~”で始まる「背くらべ」の歌詞が頭に浮かんだ。鯉幟から五月五日の端午の節句を想起し、兄弟が出てくるので「背くらべ」の世界を句に重ねたのであろう。
「背くらべ」は大正時代の作詞家・海野厚の作品である。上京中の海野が故郷・静岡にいる年の離れた弟のことを思って作ったと言われる。兄を慕う弟の視点で書かれているが、兄弟の仲の良さが伝わってくる。海野は28歳の若さで結核のため亡くなっており、残された兄弟にとっては切ない思い出の歌でもある。
掲句は、鯉幟を揚げてから半世紀を経た兄弟を詠んでいる。兄と弟の二人兄弟にとって、この五十年はどんなものだったのか想像したくなる。いろんな出来事、交流があったであろう。家族との思い出は山ほどあるだろうし、時には兄弟げんかをしたかもしれない。鯉幟の季語と半世紀の言葉が響き合い、読む人に自らの兄弟姉妹のことを思い出させる。
句会での作者の説明では、甥にあたる兄弟の悲しいドラマが背後にあるという。子供の成長を願い夏空に泳がせる鯉幟は、家族愛の象徴でもある。そのドラマを知らなくても、兄弟の半世紀に添えられた鯉幟の季語によって、二人をいとおしむ作者の気持ちは十二分に伝わってくる。
(迷 23.05.15.)
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