花吹雪浴びたくて行きまた戻り 向井 愉里
『季のことば』
俳句では「花」といえば桜を、「月」といえば仲秋の名月を指す。「花」には傍題が山ほどある。「花の雲」「花びら」「花の都」「花明り」「花便り」「花の陰」「花の奥」「花惜しむ」「初花」「落花」「残花」「花曇」「花冷」「花の雨」「花見」「花の宴」「花筵」「花篝」「花筏」「花見酒」「花疲れ」などなど。「夜桜」「初桜」などの「桜」を入れればもっと増える。「花吹雪」も「花」の傍題の一つで、「桜吹雪」ともいう。花期を終えた桜の花びらが、風で一斉に散る様を「吹雪」に模したのだが、一体誰が最初に言い出したのだろう。
「桜東風」というように、春は強風が吹く日が多い。折からの風が花を散らし、桜並木の下では正に吹雪いているような情景が生まれる。子供は走り回って花びらをつかもうとするが、自らが起こす風で花びらは除けてしまう。大人も走りこそしないが、吹雪の中を行ったり来たり、童心に返る。誰しも経験があるに違いない。
掲句は、その心情を素直に詠んで人気集中、一席に輝いた。「何度でも花吹雪を浴びたい気持ちがこの変則気味の句になったのだと思います」と水馬さんの言うように「行きまた戻り」の口調が少し気になるところ。作者によると「大学に入ったころの、門から校舎までの途中で浴びた花吹雪を思い出して」作ったという。なるほど。18歳の多感な女学生ならではのありのままの描写だ。なまじ口調を整えるより、臨場感が増す効果が出ることもある。
(双 23.05.03.)
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