特養に春眠並び波しずか 深瀬 久敬
『この一句』
「特養」と言うと、ひと頃は「それ何?」の人たちがいたものだが、この公的老人ホームも近年、ようやく一般化し、「俺もそろそろ特養に入ろうか」などの声が聞こえてくるようになった。掲句の特別養護老人ホームは海岸に在るのだろう。この日は天候に恵まれ、風の音も浪の音も聞こえてこない。広い寝室にベッドが並び、寝息が「スヤスヤ」と聞こえてくる。
そんな特養の状況を作者は「春眠並び波静か」と表現した。うまく詠むものだ、と思う。「春眠並び」ではあるが、全員が睡眠中ということではない。熟睡中の人、寝入りばなのウトウト程度の人、目覚めてはいるが、瞼を閉じたままの人もいるはずだ。それらの人をすべて「春眠」と捉え、シーンと静まり返った広い寝室の様子を描き切った。
祖父、祖母がいずれ迎える人生の最後の期間を、家族はどう捉えるべきか。祖父祖母の恩は山ほども高い。しかし「最期の時まで家族が自宅で面倒みるべきだ」の声は近年、消えかけているようだ。そして祖父母側の多くも、特養行きを納得しようとしているらしい。筆者も掲句の作者も、そろそろそのような状況に差し掛かかる時期である。
(恂 23.04.04.)
この記事へのコメント