隣組の空家に買手春の風 堤 てる夫
『季のことば』
「春の風」「春風」は二月初めから五月初めまでの、初春、仲春、晩春を通しての季語なのだが、いろいろな吹き方があって、なかなか難しい。二月から三月にかけての東風は「にほひおこせよ梅の花」で早春のやや肌寒い風。三月も半ば過ぎになると桜の開花を促す南寄りの暖かい風。四月の声を聞くころから時として強い西風が吹きまくり、大陸から土埃を運んで来る「黄砂現象」の嫌な風になることもある。
移動性高気圧と低気圧が頻繁に入れ替わるのが日本の春の特徴で、そよそよと暖かな春風もあれば、湿気をたっぷり含んだ雲を運んで長々と春雨を降らせることもあるし、時には顔をそむける埃っぽい風もあるといった具合だ。しかし、俳句で「春風」「春の風」と詠まれた場合は概ね、心地よい風である。否定的なニュアンスの春の風は「春疾風」とか、「春嵐」「霾風(ばいふう)」などとそれらしい季語になっている。
この句の「春の風」は無論、心地よい風である。少子高齢化が進み、老夫婦あるいは連れ合いを亡くした老人だけが取り残された家が多くなった。そういう家はやがては主人公が介護施設に入ったり、時には死んでしまったりで、空家になる。隣近所に空家が生じると、なんとなく落着かない。そうしたら、しばらく空家のままだった所に買い手がついたという話が伝わってきた。我が事のように嬉しくなる。引っ越して来る一家はどんな人達だろう。とにかく新しい隣人ができるのはにぎやかになって喜ばしい。春の風も一段と心地よく感じられる。
(水 23.03.17.)
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