年の暮れ鏡に喜寿の顔ひとつ   須藤 光迷

年の暮れ鏡に喜寿の顔ひとつ   須藤 光迷

『合評会から』(日経俳句会)

愉里 作者は喜寿を迎え、ほっとしているところがいいなと思った。
三薬 鏡を見たら年寄りの顔、という句はよくあるが、私も喜寿でその人へのお祝いの意味で採りました。
方円 自分の顔は毎日見ている。年の暮れに見てふだんと違う感想を持ったのでしょう。
三代 ふとした一瞬をとらえた上手な句だと思います。喜寿の顔と年の暮れが絶妙に響き合っている。
水馬 鏡を見ながら「今年も無事だった、七十七年間ありがとう」とつぶやく作者の顔が目に浮かびます。
定利 喜寿が百寿まで続くように。
弥生 ふと目に入った鏡の中の私。我が身に思いをいたすのも年の終わりなればこそ。
          *       *       *
 三薬さんの言う通り、鏡に映った自分の顔を詠んだ句は多い。誰しも毎日一度は鏡を見る機会があるので、太っただの、やつれただの、親の顔に似てきただの、見る度にいろんな感慨が浮かぶ。読者にも思い当たる節があるので共感を呼びやすい。
 作者は暮れの「数へ日」に誕生日を迎えた。喜寿という節目に自分の顔を見て、しみじみと感じるものが去来したのだろう。俳句は自分史、と言い切る人もいる。紛れもなく作者の人生の一断面を記した一句で、仲間に祝福された。
(双 22.12.28.)

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