山眠る杜氏の仕込み夜もすがら  岡田 鷹洋

山眠る杜氏の仕込み夜もすがら  岡田 鷹洋

『季のことば』

 「山眠る」は中国宋時代の画家・郭煕の詩にある「冬山惨淡として眠るが如し」から採られたもの。水牛歳時記によれば「木々の葉が散り尽くした山が、静まり返って深い眠りに落ちているように見える」様を表す。郭煕の詩句は、山笑ふ(春)、山滴る(夏)、山装ふ(秋)と四季それぞれに季語となっているが、山眠る(冬)は、山笑ふと並び人気がある。
 掲句は日経俳句会の11月例会「山眠る」の兼題句で、最高点を得た二句のうちのひとつ。ほかの句が「水底の村」や「大伽藍」など眠る山に抱かれた静的風物を詠んでいるのに対し、そのふもとで眠らずに仕込み作業をしている酒蔵に着目した意外性に惹かれた。背後の山の暗さと煌々と灯を点す酒蔵、静かに眠る山と忙しく立ち働く杜氏。明と暗、静と動の対比がまことに鮮やかである。
 日本酒は今は冬(12月~3月)に醸造する「寒造り」がほとんである。秋に収穫した酒米を雑菌が繁殖しにくい冬に仕込んで発酵させ、絞って新酒が生まれる。いったん仕込むと発酵状態を24時間見守る必要があり、まさに「夜もすがら」の作業となる。
 酒蔵は良水のわく扇状地の山際に設けられることが多い。眠る山の懐で寒さに耐えながら黙々と酒を醸す杜氏たち。句会では「神聖な営みの緊張感が伝わる」、「酒造り唄が聞こえる」といった評があった。悠久の自然と人間の営みの対比にまで思いが及ぶ佳句である。
(迷 22.11.28.)

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