はにかみて席譲る子や秋うらら  大澤 水牛

はにかみて席譲る子や秋うらら  大澤 水牛

『この一句』

 電車の中で席を譲ったり譲られたりした経験は誰しもあると思う。その時に感じた気恥ずかしさや戸惑いもまた覚えがあるのではなかろうか。掲句は車内の小さなドラマに目をとめ、心がほっこりする句に仕立てている。「はにかみて」の五文字に場面を凝縮させ、思い切って席を譲った子供の心の動きを伝え、それを見守る乗客の優しい視線を感じさせる。秋うららの季語と響き合って、爽やかな印象を残す。番町喜楽会の11月例会で最高点を得たのも納得である。
 日本人ほど高齢者や体の不自由な人に席を譲らない民族はないと言われる。なぜ譲らないのかについての調査や分析もたくさんある。遠距離・満員電車という交通事情を指摘する意見もあれば、自己中心主義の風潮や公徳心教育の欠如を嘆く論も多い。個人的には他人の目や評価を気にする日本人のメンタリティーがじゃまをしていると考えている。
大股を広げて優先席を占拠し、スマホに熱中する若者が溢れる時代だけに、はにかみながら席を譲る子供の純真さが心に響く。作者によれば、東横線の車内で中学生ぐらいの子が席を譲り、恥ずかしそうに遠くの車両に行ってしまった場面を句にしたという。「いい光景なので、類句を恐れず出した」との自解があったが、句を読んだ我々もまた、心温まる場面を共有させてもらった。
(迷 22.11.21.)

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