穭田や鷺悠然と舞ひ降りる 堤 てる夫
「この一句」
稲刈りが済んで苅田が遥か向こうまで広がっている。なんにも無くなってしまった広がりに、うっすらと緑が芽生えて来た。稲の切株から生えてきた若芽、穭(ひつじ)である。
薄ら寒い風の渡る田の面が一面薄緑になって、まるで春に返ったような錯覚を覚える。しかし、日に日に寒さはつのり、穭はどれほど伸びようとも空しく枯れるばかり。穭田は暮れゆく秋のうら寂しい景色である。
だがそういう感傷は人間だけのもの。動物たちにとっての穭田は冬に備え体力をつけるための餌の漁り場なのである。雑草は最後の一花を咲かせ種をつけて、翌春早々芽を生やすように種を飛び散らす。それを虫たちが漁る。野鳥は落ち穂や雑草の種とともに集まった虫をせっせとつつく。穴籠りを前にした蛙たちも盛んに虫を捕まえる。用水路にはもう水はあまり無いが、少し残った水たまりには魚たちが最後の一稼ぎと泳ぎ回る。
それらを狙って鷺がやって来た。鷺は悠然と舞降りる。同じく高空を舞う鳶が獲物を見つけるや一直線に急降下して来るのとは対象的だ。ゆったりと降り立つと、あたりをゆっくり見回し、獲物があれば近寄ってぱくりとやる。見つからなくても風景の一部になったようにじっと佇んで、不用意なカエルやトカゲが寄って来たりすると長いクチバシを伸ばしてひょいと捕まえてしまう。晩秋の広漠たる田園に鮮やかに浮き立つ一点景を見事に描いた句である。
(水 22.10.19.)
この記事へのコメント