蕎麦の花峠越えれば青木村 堤 てる夫
『季のことば』
筆者などはついあれもこれもと対象を詠んでしまい、いつも後悔する句を作ってしまう。この句はリズムよく、流れるように口調がいい。冒頭に季語に持ってきた「蕎麦の花」が生きている。ほかの季語でもよさそうだが、蕎麦の花の持つ可憐さ清潔さにまさるものはないと思える。信州塩田平に住む作者は地元の自然を詠み、また近辺の花鳥諷詠もお得意のものである。
この句には句友の追憶を誘う地名が入っている。もちろん青木村である。ちょっと青木村を紹介する。人口4000人強の小さな村であるが、「見返りの塔」で名高い国宝大法寺の三重塔がある。「義民の里」と呼ばれるほど江戸から明治にかけて一揆が五度もあった。また東急の五島慶太の生まれ故郷としても知られる。その青木村に六年前、句友十数人が田沢温泉に泊まって蛍狩りした。作者夫妻の手配りによる吟行であった。青木村と聞けばその想い出がよみがえり、周辺の風景とともに懐かしさがこみあげる。
有名、無名にしろ地名を織り込む句は成否が分かれると常々思っている。陳腐になるか読む人に響かないか、どちらかになる恐れが多分にある。この句の場合「峠越えれば」と言って、青木村をまったく知らない人さえほどよく興味を抱くだろう。季語蕎麦の花との絶妙の組み合わせが、青木村はきっと素晴らしい所に違いないと思わせる。句友たちの追憶に頼んだ句とばかりとは言えない、ご当地に住む爽やかな詠み方である。
(葉 22.09.14.)
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