秋涼し将門塚にヒール音 廣田 可升
『この一句』
意外性に満ちた取り合わせの句である。「秋涼し」は初秋の季語であり、秋になって感じる涼しさをいう。将門塚は怨霊となった平将門の首を供養のために祀った場所で、東京大手町にある。そこにハイヒールの靴音が響く情景を詠んでいる。
この句の評価は将門塚を知っているかどうかで、大きく違ってくる。塚は三井物産などのビル群の谷間に存在する。木立に囲まれた参道の奥に石碑があり、昼なお暗い印象。日本有数のビジネス街の一角とは思えない不思議な霊気を感じるスポットである。
そうした知識をもとにこの句を眺めると、意外な取り合わせが、うまく響き合ってくる。猛暑と夏休みで人通りがまばらだった大手町に、秋の訪れとともに働き手が戻り、将門塚の周辺も往来が活発になった。初秋の冷気の中を颯爽と歩むキャリアウーマン。その硬いヒール音が霊気漂う将門塚に木霊する。大都会の片隅の秋を、音で鮮やかに切り取った句といえる。
固有名詞を句に使うと、その風景や歴史、風土がたちどころに想起され、大きな効果を上げることがある。芭蕉でいえば象潟や最上川の句が好例だ。その固有名詞がどの程度知られているかが効果を左右する。句会では将門塚を知る人が多く、高点を得た。しかしよく知らない人にとっては、やや判じ物めいた句に見えたかもしれない。
(迷 22.09.02.)
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