八月や厨に氷ころぶ音      廣上 正市

八月や厨に氷ころぶ音      廣上 正市

『この一句』

 八月は立秋を迎え、季節が夏から秋に移り変わる月である。季語として八月を詠む場合、なお残る厳しい暑さを主題にするか、そこはかとなく漂う秋の気配を探すか、例句を見ても両様である。
 掲句は八月の、まだ暑い頃の家庭の一場面を詠む。冷たい飲み物を用意するのか、かき氷でも作るのか、台所から氷を扱う音が聞こえる。厨(くりや)という古風な表現から、現代の明るいキッチンではなく、昭和の頃のちょっと薄暗い台所がイメージされる。
 家庭で氷をいつでも使えるようになったのは、電気冷蔵庫が普及した昭和40年代以降である。それまでは氷屋で角氷を買ってきて砕いて利用した。冷蔵庫も初期の頃は、水を入れた製氷皿を冷却室に入れ、一晩かけて凍らせたものだ。最近の冷蔵庫は製氷室が独立し、タンクに水を入れておけば、いつでも必要なだけ氷を取り出せる。厨に氷がころぶ音が響いたのは、角氷の時代か、製氷皿から氷を取り外して使った時代に違いない。
 氷が貴重だった頃は、暑い盛りに母が台所で作ってくれたカルピスやかき氷が何よりのご馳走だった。厨、氷、ころぶとカ行の音を連ねたリズム感のある詠み方も、句を軽妙なものにしている。「カラカラ」か「コロンコロン」か、読む人それぞれの追憶の厨に爽やかな音が響く。
(迷 22.08.25.)

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