ただいまと覗く夜更の金魚鉢   廣田 可升

ただいまと覗く夜更の金魚鉢   廣田 可升

『この一句』

 夜はドラマを生む。逆にドラマに夜は欠かせない。例えば、一本の映画に夜のシーンは結構多い。昔の西部劇映画などはフィルム感度が悪かったため、夜景の代わりに白昼下、特殊なフィルターなどであえて暗く撮る「擬似夜景」という手法が生まれたほどだ。
 思うに夜は、視覚からの情報が極端に少なくなるので、聴覚、嗅覚、(場合によっては触覚)が研ぎ澄まされるからではないだろうか。俳句でも「朧夜」、「夜長」など夜の季語を挙げればきりがない。
 掲句は「夜更」が効いていてドラマチックだ。作者が独り者だと仮定してみよう。仕事か付き合いか、今日も遅くなってしまった。ドアを開け、手探りで灯りを点ける。靴を脱ぎながら、下駄箱の上の金魚鉢に声をかける。「やあ、元気?」。急に明るくなり、音に驚いた金魚が鉢の中で尾を振って方向転換する。なんだか「おかえり」とでも言っているようで、かわいい。今日一日の嫌なことも、いくらかは癒やされるというものだ。なまじ、しゃべらないだけに、自分の都合のよいように解釈できるのも金魚だからこそ。
 金魚や熱帯魚などを飼う魅力の一端を十七音で上手く掬い取り、句会では一番人気となった。
(双 22.08.10.)

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