滴りや俺への弔辞君のはず   旙山 芳之

滴りや俺への弔辞君のはず   旙山 芳之

『この一句』

 「滴り」は7月の兼題。季語の本意を詠んだ句が圧倒的多数だったのに対し、この句は時事を兼題に合わせた。最近の関心事と言えば安倍元首相銃撃死亡事件と、その後の参院選が一頭地を抜いている。もちろんコロナ第七波はいぜん重要なトピックではあるが、衝撃的ということなら元首相銃撃死であるのに異論はないだろう。
 事件後いろいろな反応が国の内外から起こった。故人の功績を称賛する声の高まりと、逆に数ある疑惑の終止符となるのを厭う声が交錯している。国葬が妥当との世論が多数を占めるのは事実だが、反対意見も少なくない。「棺を覆いて事定まる」というが、元首相の死が人々の心の内で整理されるのにはかなりの時間が必要だ。
 それはさておき、まずは内輪の葬儀があった。「俺への弔辞君のはず」の中七下五は知っての通り、盟友・麻生自民党副総裁の弔辞の一部分である。それをそのまま借用して時事句としたところが面白い。上五に季語を置いただけという簡便さである。それでも川柳ではない時事句となったのには新鮮な驚きがある。
 時事句といっても、やや息長い生命力をもつものと瞬間的な光彩を放つ作品に分かれると常々思っている。この句はどうだろう。元首相への弔辞を詠んだだけとも取れるし、友を悼む世間一般の情念を詠んだ俳句として記憶に残るとも思える。「滴り」は、岩から滲み出るように声を絞り出している弔辞を表したのだと取れば、納得できる。
(葉 22.08.08.)

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