曲っても突き当っても炎天下  玉田 春陽子

曲っても突き当っても炎天下  玉田 春陽子

『合評会から』(酔吟会)

双歩 上五、中七の後に、「なにをやっても炎天下」と入るのでしょう。なにしろ暑いのだということが伝わって来て、とても共感できる句です。
道子 暑さを、思い切って、そのまま表現した句だと思います。
三薬 尾崎放哉の「咳をしても一人」の雰囲気を感じさせる句です。「曲っても突き当っても」の措辞がうまいですね。
而云 この句は読んだ瞬間に採ろうと思いました。こういう句はあれこれ考えた末に出来るものではなく、さっと一気に出来たのではないでしょうか。
水馬 僕は山頭火のイメージが強くて採りませんでした。
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 放哉を連想する人もあれば、山頭火を連想する人もあった。たしかに言われてみればそんな気がする。彼らの句には、ため息とともに言葉を漏らしたら、それがそのまま俳句になってしまった、と思えるような句が多い。而云氏の、「あれこれ考えた末ではなく、さっと一気に出来た句」という評言もほぼ同じことを言っているような気がする。定型であれ、自由律であれ、そんなふうにして出来た句はとても幸福だという気がする。逃げ場のない暑さをこんなふうに詠めるのはどういう資質の持ち主だろうか。作者の名を聞いて、「えっ?」という思いと、「やっぱり」という思いが交錯した。
(可 22.07.27.)

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