黴払い十年ぶりのモーニング  深田 森太郎

黴払い十年ぶりのモーニング  深田 森太郎

『この一句』

 洋服ダンスからモーニングを十年ぶりに取り出すとは、どんなシチュエーションなのか、ドラマ性をはらんだ句である。モーニングコートは英国の乗馬服が始まりとされ、現代では昼間の正装礼服となっている。叙勲や園遊会など公式の場で目にするが、一般的には結婚式の新郎と新郎新婦の父親、あるいは入学・卒業式の学校長などが着用する。
 作者は学校勤めでもなく、勲章話も聞かないので、結婚式に着用するのであろう。「十年ぶり」の言葉が手掛かりになる。子供が何人かいて十年前の結婚式で着たモーニングを仕舞っておいた。ほかの子供の結婚式で着るつもりでその時に誂えたのかも知れない。ところが次の子は仕事が面白いのか出会いに恵まれないのか、なかなか結婚しない。気が付くと十年経っていた。
 諦めかけていたら結婚が急に決まり、モーニングを慌てて取り出した。見ると白い黴が吹いている。ブラシで払い落としながら、十年の歳月の長さと、再び出番が巡ってきた喜びをかみしめている。そんなドラマを想像してみた。
 作者は日経俳句会設立時からのメンバーだが、近年病気がちで句会への出席も減り、投句も間遠になっている。そんな時に届いた句であり、十七音の嬉しい便りといえる。作者が十年ぶりの家族の慶事に元気を取り戻している姿を、これまた勝手に想像している。
(迷 22.06.29.)

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