薫風を大きく入れて阿弥陀堂   須藤 光迷

薫風を大きく入れて阿弥陀堂   須藤 光迷

『季のことば』

 「薫風とよく呼応している」、「季語が生きている」、「薫風を大きく詠んだ」との句評が出たとおり、いかにも初夏の気持ち良い風を感じる句である。「阿弥陀堂」だからいいので、これが閻魔堂じゃ雰囲気は出ないだろうと言った人にもうなづく。「薫風」は文字どおり薫る風。青葉の中を吹き抜けるすがすがしい風を形容した言葉と歳時記にある。だから周りに青葉がなくてはならない。阿弥陀堂はまさしく寺の樹々に囲まれたなかにある。正面扉は大きく開け放しており、薫風が堂の奥まで突き抜ける。
 阿弥陀堂といえば、大伽藍ではなくふつう小ぶりな堂宇をイメージする。吟行で行った福島いわき市の国宝・白水阿弥陀堂などが代表例だろう。阿弥陀堂は平安貴族の浄土信仰の具現と、僧の修行の場としての二つの起源があるそうだ。この欄にコメントを書こうとすれば、多少は調べなければならずそれがまことに勉強になる。阿弥陀如来を本尊にして堂を建立したものだとばかり思っていたが、平等院鳳凰堂も中尊寺金色堂も、あまた各寺の五重塔も阿弥陀堂であるとは今回初めて知った。この句は白水阿弥陀堂風のお堂を詠んだものと思う。
 ところでここでちょっと無駄話。アミダくじなるものがある。阿弥陀仏との関係について気になっていた。現在のアミダくじは梯子状の線になっているが、当初のそれは蜘蛛の巣のような放射状になっていたという。阿弥陀仏の光背に似せて作ったのが阿弥陀籤だと。いやあ、これも勉強になった。
(葉 22.06.09.)

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