行く春や日本橋川神田川   鈴木 雀九

行く春や日本橋川神田川   鈴木 雀九

『この一句』

 「日本国道路元標」が座っている「日本の橋の総元締」日本橋。この下を流れる川が日本橋川。江戸時代から昭和時代まで、全長わずか5kmのこの川の両岸が全国から集まる物資の流通拠点として大いに賑わった。しかし、今では川の上を高速道路で塞がれ、うらぶれた姿を晒している。この日本橋川はJR水道橋駅近くで神田川から分流した人工河川で、徳川家康・秀忠時代に出来た。
 神田川は三鷹市の井の頭池を発し、両国橋そばで隅田川に流入する全長25kmの川で、江戸の住民に水を供給する役目を担っていた。この水元が現在の都電荒川線早稲田停留所に近い文京区関口にあった石の堰だった。ここで取水した水を掛樋や地下に通した木樋で江戸城はじめ日本橋、京橋、神田一帯の武家屋敷や町家に配水した。この「江戸の水道」は明治17年(1898)に淀橋浄水場が出来て近代的水道が引かれるまで、江戸っ子の暮らしを支えていた。
 というわけで、神田川と日本橋川は江戸から東京に代わっても人々にこよなく愛される川であった。市井俳人・久保田万太郎は「神田川祭の中を流れけり」と詠んだ。賑やかな祭囃子の下を静かにゆるやかに流れる神田川は、東京の下町風情をしみじみ伝えてくれる。
 ここに掲載した句は「行く春」を流れる神田川・日本橋川である。四月は人事異動の季節、新学期の始まる時でもある。昇進、配転、卒業、就職、進学、それぞれが頭に描く絵図は様々。川はそれぞれの語りかけに応じて答えてくれるだろう。
(水 22.05.06.)

この記事へのコメント

  • 鈴木雀九

    作者です。遅くばせですみません。日本橋に立ち川上に見る日本橋川は摩訶不思議で仕方がありませんでした。それが水牛先生の説明で雲散霧消しました。水道橋近くの二川の分岐点は周りに民家なく高いビルなく人の雑踏もなくポッカリと空が空き大正レトロの雰囲気。万太郎の「神田川」の句も挙げていただきうれしかったです。
    2022年05月18日 00:24