大黒天弁天ときに相撲部屋     旙山 芳之

大黒天弁天ときに相撲部屋     旙山 芳之

『この一句』

 深川神明宮をスタートし、門前仲町の八幡宮を終着とする令和4年の七福神巡り。七日のご開帳期限を一日過ぎてしまった八日(土)の催行であった。寿老人、布袋尊とお参りをすませ、俳句会一行は相撲部屋の集まる一角に差しかかった。もとから両国・深川地区は相撲部屋銀座といってもいいところ。大鵬ゆかりの大嶽部屋、琴風の尾車部屋(親方定年で閉鎖へ)、寺尾の錣山部屋や安芸乃島の高田川部屋。地図を見れば両国寄りに出羽の海、春日野、井筒の各部屋がある。
 この作者は下町深川を歩くことはめったにないとみた。ましてこんなに多くの相撲部屋が目の前で見られるとは思ってもいなかったのだろう。時刻は昼下がり。力士たちは朝稽古を終えたあと、ちゃんこを食べて昼寝の真っ最中のようだ。どの部屋も玄関が閉じられ森閑としていたのは、初場所初日を翌日に控えた緊張だったのかもしれない。作者はつぎつぎと出会う福神の祠を巡りつつ、「へー、こんな一つところに相撲部屋があるんだと」思って、出来たのがこの句だろう。
 一行は打ち上げ会場を予約した時間の都合上、福神を二つ飛ばしてしまった。実際には大黒天には参らなかったのだが、「大黒天弁天」と目出度いお宝二神を挨拶として置いて、「ときに相撲部屋」とやったのが上手い。七福神参りでありながら思わぬ相撲部屋の数々を見た作者は、大いに満足したに違いない。
(葉 2022.01.17.)

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