福詣ちらりと戦災殉難碑     今泉 而云

福詣ちらりと戦災殉難碑     今泉 而云

『この一句』

 この戦災殉難碑は、1月8日に行われた深川七福神巡りの途中、冬木弁財天で見たものである。正確には「戦災殉難殃死者供養碑」と刻まれている。「殃死」は音も意味も「横死」に同じ。広辞苑に「殺害・災禍などで死ぬこと。不慮の死。非命の死。」とある。深川一丁目、深川二丁目、冬木町の三つの町会によって昭和二十六年に建てられたものである。
 隅田川の両岸を走っていると、関東大震災や、先の戦争で亡くなった方の慰霊施設をじつに多く見かける。最大のものは墨田区横網の東京都慰霊堂だろうが、そのほかにも隅田公園の慰霊碑など、公園や神社の一角には必ずあると言っても過言ではない。なかには、両国橋のたもとにある日露戦争戦病没者の忠魂を讃える「表忠碑」や、千住大橋の南にある「八紘一宇」の碑のような、趣の異なる碑もある。
 この句は、福詣の道すがら戦災殉難碑がちらりと見えた、と言っているだけでそれ以上は語らない。あとは、新年の無事や健康を祈る「福詣」と「戦災殉難碑」の取合せから、どんなことを読みとるかしか手がない。
 今年の正月、ある先輩から「戦争をしてはならない」で始まる賀状を頂戴した。この賀状の送り主の思いと、この句の作者の思いはおそらく同じだろう。どんな理由があっても、「戦争をしてはならない」。なによりも、わたしたちの心のすきまに、うっかりするとすぐに「戦争」は忍び込んでくる。それを止めないといけない。年の始めに改めてそう思った。
(可 22.01.16.)

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