冬日和武蔵野うどんよく噛んで 杉山 三薬
『この一句』
昔は「武蔵野うどん」などという名前は無くて、東京、三多摩、埼玉、神奈川あたりでは一様に「手打うどん」と言っていた。昭和の末頃からいわゆるグルメブームというものが広がり、地方の隠れた「美味いもの」再発見の動きが盛んになった。武蔵野うどんという名前は恐らくその頃生まれたのではないか。
多摩川、荒川、利根川に囲まれた真ん中のこんもりとした武蔵野台地は関東ローム層という赤土の上に、長年月かかって腐葉土などからなる肥沃な黒土が分厚く覆いかぶさっている。作物の生育には好適な土地だが、所々に細い川はあるものの、全体としては水不足で水田がほとんど無い。どうしても大麦、小麦、稗、粟、蕎麦などに頼らざるを得ない。中でも粉に引くと団子や饂飩をはじめ主食になるものが作れる小麦が盛んに栽培されるようになった。というわけで、武蔵野一帯に「うどん」が発達した。
蕎麦は素人ではなかなか上手く打てない。饂飩なら誰にでも出来るから、どこの家も饂飩を打った。それが「手打うどん」であり、やがては「武蔵野うどん」となって商品化され大規模生産されるまでに発展した。
とにかく武蔵野うどんは腰が強い。これは手打時代からの伝統で、小麦粉を十分にこねて丸めたものをゴザにくるみ、足で踏む。延びたらそれをまとめてまた踏むという工程を経ることによって弾力を生む。こうして煮崩れしない饂飩ができる。噛むほどに旨味が湧いてくるのも武蔵野うどんの特徴である。
冬日射のお昼、歯ごたえ確かな武蔵野饂飩をしっかり噛み味わう、ほのぼのとした感じの伝わる句である。
(水 21.12.02.)
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