見て楽し蕎麦にして美味たちあかね 竹居照芳
『この一句』
一風変わった句である。「たちあかね」というものを知らないと何の感興も湧かないだろう。しかし、長野県上田市近傍のひなびた温泉のある青木村を知っている人だったらたちどころに合点印を打つに違いない。平成21年(2009年)に「農林認定品種」に登録された、まだ新品種と言ってもいい蕎麦「タチアカネ」を詠んだ俳句なのだ。青木村を貫く街道沿いに、この蕎麦粉で打った手打蕎麦を供する店が5,6軒できて、いずれもいつも満員という人気になっている。また、この蕎麦の実で作った焼酎がとても美味いと、これまた評判になっている。私は今ほどブームになる前の6,7年前に上田市在住の句友に連れられて食べて感心した。蕎麦の香りと味わいが強くて、素晴らしい。
蕎麦はとても丈夫で荒地にもよく育つのだが、茎が折れやすく倒れやすい。これは倒れる事によって種を少しでも広範囲に撒き散らし子孫を増やそうとする、荒地植物の習性のようなものなのだが、実を収穫する栽培農家にとっては厄介だ。ところがこの蕎麦はすっくと伸びて倒れにくい。そして真っ白な花が咲いた後、普通は緑の種をつけるのを、これは鮮やかな赤い実。この二つの印象的な性質をとって「タチアカネ」と名付けられた。
この句は、おそらく美味しい蕎麦を食べ、その花と実のついた茎を見せられ、感激して詠んだに違いない。青木村役場から感謝状が届きそうな句だが、旅の感懐をすっと詠んだところがとても好ましい。
(水 21.11.25.)
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