無人駅秋灯の元文庫棚 渡邉 信
『この一句』
この無人駅を利用していた誰かが、ある時、駅構内に書棚を作り、「みなさんご自由に」というような張り紙を添えて置いたのだろう。書棚を利用する人はそれなりの数になったはずだが、やがて借りる人が減り、本も少なくなって行く。ここに至るには、書棚を作った人にも、書棚を認めた鉄道会社にも、それぞれの事情があったに違いない。
今は秋の灯が照らすばかりの元文庫棚。何とも寂しい風景であり、句を選ぶ側はそれぞれの思いを抱いたに違いない。過疎の地に生まれたミニミニ文化が、書物なしの書棚となる。ここに至ったのは過疎が進んだためで、誰の責任でもない。作者も、元文庫のこの現状を悲観したり、問題意識を抱いたりしているわけでもなさそうである。
句会で「視点はユニークだが、リズムが気になる」という指摘があった。「元文庫棚」の「元」が句またがりなので、そのように感じられるのだろうか。ならば、と作り直しを考えてみたが、十七音中に言葉がぎっしり詰まっていて、添削を阻む構えも感じられる。何度か読み直すうちに、元文庫棚の寂しさがさらに浮かび上がってきた。
(恂 21.11.07.)
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