藤袴蝶来ぬままに暮の秋 堤 てる夫
『季のことば』
藤袴(フジバカマ)はキク科の多年草で、大昔から日本人が好んだ秋の草花。『萬葉集』で山上憶良が詠んで以来、和歌、俳諧、俳句の素材になった。憶良の歌は、「秋の野に咲きたる花を指折り(およびおり)かき数ふれば七種の花」「萩の花尾花葛花なでしこの花おみなえしまた藤袴朝顔の花」である。「秋の野原に咲く花をざっと数えてみれば七つありますよ。まず萩の花でしょ、ススキの花も面白い、葛の花、撫子の花、女郎花ときて藤袴、桔梗もいいですね」と、誰にも分かりやすく詠んでいる。初めの歌は現在の短歌と同じ5・7・5・7・7だが、後の歌は5・7・7・5・7・7という、今日では詠まれなくなった旋頭歌(せどうか)という形式。形式の違う二首を並べたところが憶良のアイデアで、以後千数百年二首一組で愛唱され続け、「秋の七草」がすっかり根づいた。
さてその一つ「藤袴」。昔は野山の至る所に咲いていたのに、今では絶滅危惧種になってしまっている。赤紫を呈した白っぽい小花が密集して咲き、全体に芳香がある。この茎や葉を乾かすと桜餅のような良い香りを放つ。古人はこれを「蘭草」と言って珍重し、匂袋にしたりした。
この香りを好む、数千キロの旅をするアサギマダラという蝶がいる。この蝶を愛する作者は、これの飛来を心待ちにして庭に藤袴を植えた。しかし、何としたことか、今年は藤袴が盛んに咲き出したのにアサギマダラは来ない。どうしたのだろう、と思っているうちに秋も終わりになってしまった。私も寂しいが藤袴も手持ち無沙汰顔でいることよと詠んでいる。(水 21.11.04.)
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