眼球に溢るる麻酔秋の水     塩田 命水

眼球に溢るる麻酔秋の水     塩田 命水

『この一句』

 「秋の水」の兼題に目玉をぶつけてきた掲句には意表を突かれた。川や池、海など身の回りにある水を詠んだ句が多い中で、眼球に溢れる麻酔薬に秋を感じた作者の感性に心惹かれた。確かに目に麻酔薬を注がれれば、冷たさと透明な水の膜を感じるであろう。「眼球に溢るる麻酔」の表現にリアリティーがあり、その透明感が秋の水と通い合う。
 番町喜楽会の10月例会の選句表には、手術の体験を詠んだ同じ作者と思われる句がいくつかあり目を引いた。「やや寒や目玉に注射打つといふ」もその一つ。作者の解説によれば、右眼が急におかしくなり、眼の後ろに注射を打つ手術を受けたという。掲句は手術に先立って麻酔薬を点眼された局面であろう。本人が「ぞっとした」という手術を受けながら、自分自身を客観的に眺め、句に詠み止めた精神力には感心する。
 一連の句のうち最も点が入ったのは「手術終へ妻と眺むる紅葉かな」だった。手術を受けるのは大小、難易度を問わず不安なもの。目玉に注射を打つという〝怖い〟手術を無事に終えた作者。奥様と眺めた紅葉の美しさは、目にも心にも沁みたであろう。
(迷 21.10.17.)

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