秋の暮駆け戻りたきふるさとへ  向井 ゆり

秋の暮駆け戻りたきふるさとへ  向井 ゆり

『この一句』

 テレビ東京で人気の「出没!アド街ック天国」は、ある街を詳細に紹介する情報番組だ。最近、その番組で作者の故郷・君津が取り上げられたという。それを観ていた作者は「思うように帰れないもどかしさもあって、たまらなく感傷的に」なったそうだ。今の住まいから実家へはさほど遠くない距離だが、県をまたぐ移動は控えるように、という緊急事態宣言中はおいそれとは帰れない。単に「帰りたい」を通り越して「駆け戻りたき」ほどの望郷の念。この句を選んだ人それぞれが自らを重ね合わせていた。
 一方、同じ句会の「林檎むく正座の母のなつかしき」という木葉さんの作品も人気があった。こちらも同じように、母恋し、ふるさと恋しの望郷の詩だ。木葉さんの故郷は遠く、北海道。句からは、常に正座を崩さなかった毅然とした立ち居振る舞いの女性が浮かび上がる。さらには、そんな母が居た生家のイメージも。
 先日、当欄で紹介された「故郷は釣瓶落しの海の果て」の作者迷哲さんも、コロナ警戒もあり2年近く故郷・佐賀に帰ってない、とコメントしていた。そういえば、筆者も長いこと故郷(福岡)に帰っていない。
 暑い夏が終わり、秋風が心地よい季節を迎えると、誰しも故郷が恋しくなる。釣瓶落しの秋の夕暮どきは、一入だ。
(双 21.10.06.)

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