カナカナや遙か昔の刃物研ぎ   高井 百子

カナカナや遙か昔の刃物研ぎ   高井 百子

『この一句』

 蜩(ひぐらし)という蝉、別名「かなかな」。鳴き声からそう呼ぶ。蜩は盛夏を喧伝するようなミンミンゼミや、長閑な感じのするツクツクボウシと違って、なにやら物寂し気な鳴き声である。秋口に鳴く蝉だからということもあるが、とくに日暮れがた遠くで鳴いているのを聴くと哀調を感じるからだろう。外国人には騒音としか聞こえない蝉時雨も日本人の心情に語り掛け、うるさいと感じる人はまず少数だ。この違いはいったいなぜか、筆者のなかで以前から答えを探しているものの一つである。
 「この一句」として掲げた上の句は、われわれの心情に作用する蝉の鳴き声の不可思議さを詠んでいる。蜩の鳴き声に「刃物研ぎ」を付けたのには意外性があった。家々を回って御用聞きをする職人はほぼ絶えて久しい。江戸落語に登場する鋳掛屋(鍋釜の修理)、羅宇屋(キセル掃除)などはとうぜん消えてしまったが、刃物研ぎは戦後しばらくいたような記憶がある。しかし今となっては「遥か昔の」に違いない。カナカナカナと聞こえる夕方、ふと昔を偲んでいる作者がいる。消えてしまった刃物研ぎと蜩をつないで一句をものした作意をあれこれと想像するしかないのだが、ノスタルジーの句として味わい深い句だと思う。「カナカナ」と片仮名にしたのは相手が金物だから?これは脱線!
(葉 21.09.20.)

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