三伏や抱く赤子さえ疎ましき   岩田 三代

三伏や抱く赤子さえ疎ましき   岩田 三代

『季のことば』

 「三伏」──日常会話でほとんど使われない言葉だ。それもそのはず、夏至後の庚(かのえ)の日から持ち出した陰陽五行説の言うところ。初伏、中伏、末伏と三度あって三伏。酷暑に伏している状況を表す俳句の季語ともなっているが、歳時記を繰っても例句はあまり多くない。それが7月の兼題として出たから困った。
窮して、陰陽五行説の吉凶論をはなれ、暑い夏をただただ凌ぐのだという自己流の解釈で詠むと決め込んだ。つまり盛夏のなかの諸々を詠めばいいのではないかと。投句一覧をながめるとほかの句友もそういう気持ちだったかと思う。
 掲句も単に酷暑期の子育ての苦労を詠んだものと受け取れる。年齢が高い句会仲間に子育て中の人はいないから、これは女性が若い頃の思い出を詠んだとわかる。高点を得たのは皆覚えがあるからだろう。
乳飲み子を抱いてあやす苦労は並大抵でない。赤子の体温は高く、いつまでも泣き止まないときは抱きながら疎ましく感じたというのもありえることだ。愛児を抱くさえ「疎ましき」と三伏の酷暑を呪いたくなったのだろう。もちろん本心からそう思っているはずもないが、一瞬でもそう思ったのを俳句に詠んで贖罪としたのだと取りたい。竹下しづの女の「短夜や乳ぜり泣く児を須可捨焉乎(すてつちまおか)」を思い起こす。
(葉 21.08.13.)

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