全開の蒸した居酒屋はい団扇 荻野 雅史
『季のことば』
団扇の歴史は古く、紀元前まで遡る。日本には飛鳥時代に中国から伝わり、江戸時代になると庶民にも普及したという。一方、扇子は平安時代に日本で考案され、やがて中国に伝わり世界に広まったそうだ。団扇は、虫を払ったり火を起こしたり、生活に密着した道具だ。今では商品名が入った無料の団扇が駅前で配られたりもする。そこへいくと扇子は儀礼、儀式張ったところがある。例えば、茶道では扇子は重要な道具だし、囲碁将棋でも棋士にとって扇子は大切な小道具だ。もっとも、縁台将棋にはやはり団扇が似合う。やや乙に澄ました上品な扇子と、いかにも庶民的な団扇。どちらも夏の季語だが、趣は異なる。
掲句は、庶民の味方、団扇の本意が如何なく表現されている。コロナ対策で換気が十分施された、というか冷房があまり効いてないガード下辺りの居酒屋。きっぷの良い女将さんが切り盛りするような店が想像される。緊急事態宣言下だから、夜ではなくランチタイムかもしれない。焼き魚定食でも食べようかと、作者は行きつけの居酒屋へ。汗を拭き拭きカウンター席に着くと馴染みの女将さんから「はい団扇」。染みのついた年季モノを差し出された。そんな臨場感あふれる楽しい句だ。
(双 21.08.11.)
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