末伏や大涌谷の黒たまご 広上 正市
『この一句』
ある句を見て、絵画のようだ、と感じることがある。俳句には小説風もあり、中でも私小説風が多く、落語風や漫才風もあるのだが、最も多いタイプが絵画風だろう。そして掲句の場合、黒い卵がゴッホやゴーギャンらの後期印象派風の絵画となって、私の頭の中に浮かんできた。美しいとは言えないが、不思議なパワーを秘めた物体と言えばいいだろう。
句の季語は「末伏」である。極暑「三伏」の最後の時期。歳時記によれば立秋後、最初の庚(かのえ)日のことだ。秋近しだが、まだまだ暑い日々が続く時期。そこに箱根・大涌谷の黒たまごが登場したのだ。関東第一の観光地・箱根の,最も観光客の多い大涌谷で売られている唯一の名物なのだという。さらに言えば、私の好物の黒卵ではあるのだが――。
黒卵の外見はまさに真っ黒である。地中から湧き出す硫化鉄が卵の殻に浸み込んでいるという。いつもなら「ああ、あれね」と見過ごすところ。ところが今回は季語「末伏や」によって、晩夏の頃の不思議な雰囲気が黒卵に漂い始めた。私が単にそう感じただけだが、この印象はもはや動かし難い。俳句の持つ不思議な力だ、と私は思っている。
(恂 21.08.10.)
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